農業メモ

農業の日々の気付きをしたためてみます。ふと浮かぶ気づきひらめきいい気分。

確率波

 ド・ブロイの物質波の式が、常に成り立つと仮定する。

 水素原子模型と宇宙球の類推により、最大波長の物質波は、最小質量の粒子を与える。即ちエーテル粒子である。

 最大波長の物質波は、定在波であり、定常波であり、一定の進行状態でありながらも、基底状態であり、静止状態である。

 エーテル粒子は、最小質量粒子であるから、量子であり、量子力学的トンネル效果を示す。即ち、壁に浸透し、透過し、衝突しない。

 光は、横波であることから、エーテルは、弾性固体でなければならない。従って、格子振動し、電子との相互作用が可能である。量子化した格子振動をフォノンと呼んでいるが、2つの電子間で、フォノンの交換が可能である。

 超伝導のBCS理論の枠組みに沿って、電子間引力的相互作用が生じるとする。

 フォノンを交換する2つの電子はクーパー対を形成する。

 クーパー対は、ボーズ粒子として振る舞い、ボーズ凝縮する。

 ある温度以下で、相転移し、超伝導状態に転移する。宇宙の背景輻射温度は、2.7Kである。すでに超伝導状態に転移していると考えられる。宇宙は、超伝導状態にあると考えられる。

 電子間引力的相互作用により、万有引力が生じると考えられる。

 

要素の善

 ボームによって指摘された言語構造に基づく断片化は、西洋文明において、大きな問題に繋がっている。

 デカルトは、その原因のように例えられるけれども、デカルトよりも前に、西洋文明は、断片化を行っていたのである。言語構造の方が、デカルトよりも古いからである。

 デカルトは、問題解決の方法として、問題の要素分割を行い、要素毎に解決し、枚挙し、統合し、全体の解決をするものであった。デカルトの方法は、全体を解決する完全な方法で、全体善を与えるものであったが、断片化を是とする西洋文明は、その前半だけの要素の善をもって善としたのである。

 暗黙のうちに要素の善を善とする人は、要素毎の善を求める。個人個人の善を善とする。個人主義になる。個個別別の善となる。自分さえ良ければ良いのだと思う。災害時に、店から物を盗むのも、自分さえ良ければ良いから、善となる。車の中のゴミを外にポイ捨てすることも、自分さえ良ければ良いから、善である。善人の行動である。英語教育を受けた人ほど、要素の善を追求しやすいであろう。

 ボームによれば、西洋文明の断片化の原因は言語構造に起因するという。主語、述語、目的語の主語が重要になり、主語を他から分離独立して認識しやすく、断片化に繋がるという。

 同じ言語構造においても、動詞が重要となる場合には、断片化しないという。動詞は、動的全体を一体として認識し、断片化しにくいという。

 古代ヘブライ語が、そうであったという。断片化せず、全体善を導くのだ。日本語も、動詞を重要とする言語である。このため、全体善を善とする日本人の行動は、最近、世界標準として、注目を浴びつつあるのだと、私は思う。

 量子力学の先端での観測問題や、相対性理論の時空連続体の発見から、すべてが、不可分の全体であることの認識は、ますます重要になってきている。

 科学が進化し、精密になってはじめて、断片化の誤りに気づき、全体善を追求するようになったと思う。

 全体善の追求が広まれば、今日の危機的状況は、解決されるであろう。やっと安心出来るところに到達したのである。

 

量子力学的観測問題

 量子力学観測問題の記述として、簡潔なものは、レオン・レーダーマンのものがある。

神がつくった究極の粒子 p305

レオン・レーダーマン

株式会社 草思社

 一対の粒子が、離れて飛べるようにして、一方が上向きにスピンすれば他方が下向きにスピンし、一方が左向きにスピンすれば他方が右向きにスピンするようにする。

 粒子Aを観測して、右向きにスピンしていることが分かった。その瞬間、粒子Bは左向きにスピンしていることになる。

 この観測に関わる問題である。

 分割不可能の全体運動が、その解である。

 レオン・レーダーマンによると、「どうやら粒子間のこの長距離相関は、自然が本来持っている現象らしい。」と結んでいる。

 アインシュタインは、統一場理論を提出している。相対性理論で、示した時空連続体と、波動場とすべてを場によって統一することを目指した。

 

自説

 これまで、ずっと本の中に真実を探し求めてきた。そして、見つけられずに来た。真実は自己の内にある。内にある真実を本で見つけたときに、ここにあったと言っていたのだ。はじめから、自己の真実を書けば良かったのである。内なる自己の真実を書くこと。書き出して訂正していくこと。内なる真実の通りなのか、確認することである。

 10/21自分のうちに眠る意見を徹底的に明らかにするのだ。はっきりと主張することである。これまでに誰かが主張したことがあるのか、どうかは、その後である。瞑想し、深く自分を探り、自分の意見をそのまま言うのだ。内なる神を見つけ出すのだ。

 神との結びつきを発見した人は、天才に多いと思う。デカルトニュートン、アナスタシア、ラムサ、トルストイアインシュタイン、イエス、ロンダバーン、シャーリー・マクレーン、トーマストロワード、エイブラハム

 神を認めない人は、詰まらぬ人が多いと思う。

 そして、神は、存在するから、神との結びつきを見いだす方が良い。すべてを与えし神よありがとう。これは、一族の書になっていくね。

ニュートン力学

 ニュートン力学において、すでに、粒子の位置は、座標x,y,zと時刻tによって定義されていた。

 座標x,y,zは、空間と繋がっている。

 粒子は、時間と空間と繋がっている。

 ド・ブロイによると、物質波の概念により、粒子と波は繋がっている。

 波動の定義は、空間に広がる媒質の振動である。波動は、空間に繋がっている。

 従って、粒子と波動と空間と時間は、繋がっている。全ては一つの実体として存在する。全体運動として繋がっている。

 量子力学観測問題も、全体運動の考えにより、解決する。

西洋文明とは

 西洋文明とは何か?

 古代ギリシア文明のことである。

 紀元前5世紀ごろのタレスピュタゴラスソクラテスプラトンの哲学、

 医学ヒポクラテス

 生物学アリストテレス

 幾何学ユークリッド

 天文学プトレマイオス

 物理学アルキメデス

のことを指している。

 その後、デカルトにより、問題を要素分割して、解決し、枚挙し、統合し、全体解決する方法が、発見された。

 しかし、その前半のみが、主流となり、要素分割して、要素ごとの解決で、善として認めるようになった。

 要素の善である。個人の善である。自分さえ良ければ良いという善になる。人は誰も善を行うから、個人の善を認めるひとは、自分さえ良ければ良いと暗黙のうちに認めている。

 西洋文明の教育を受けたものは、要素善を行う。今日の世界の危機的状況は、要素善にある。

 解決は、全体善にある。

 デカルトが、与えた、要素分割とさらに、統合まで行った全体解決した答えを行うことにより、全体善が与えられる。真の解決が与えられる。

 今日、西洋文明と呼ばれてる文明は、デカルトの解決策の前半分だけを認めて、要素善を善として認めている。

 ボームによると、これは言語構造に起因するとしている。主語、述語、目的語の文型が、断片化を促すという。一方、動詞を主とする言語構造であれば、断片化は、しないという。動的全体を認識できるという。日本語と古代ヘブライ語が、動詞を主とする言語構造をもつている。

 日本人の行動が、世界から、世界標準としてふさわしいと、注目されている。

 これは、日本語の動詞を主とする言語構造によるもので、無自覚でありながらも、全体善を善として認識するからであると私は思う。

空間座標

 一般に、粒子は、時刻tにおいて、空間座標x,y,zにより、空間内の一点を示し、粒子の存在を確定する。

 このときに、空間と座標とは、一体不可分の関係にあり、空間から分離独立した座標は、あり得ない。座標と空間は一体不可分の関係にある。

 座標と空間が、一体である中、粒子と座標もまた一つに繋がっている。

 時間も粒子の存在に繋がっている。時間なくして粒子なく、粒子無くして時間無しの関係にある。

 粒子の存在と時間とは、一つに結びついている。

 よって粒子は、時間と一つであり、粒子は座標と一つであり、座標と空間も一つである。即ち、粒子座標空間時間は一体不離の関係にある。これを一体仮説と定義する。

 一体仮説によれば、量子力学観測問題、EPR問題において、A粒子がアップスピンで、B粒子がダウンスピンであるとき、A粒子がアップスピンであると観測された瞬間に、B粒子のダウンスピンが、決定する。

 一体仮説により、情報伝播速度の問題は、なくなり、波動関数の収束の問題もなくなり、観測問題は、解決する。

 全ては一つの運動であることを意味している。

 観測問題は、粒子と時間と空間がすべて、バラバラで、分割可能な存在であるという認識、真実でないことを、真実であると認めてる誤った認識によつて生じていた問題である。